【ののの】望みの功罪
望みの功罪
前回は「望みの度合」について書きました。
tasaki-shino-zakki.hatenablog.com
今回は「望みの功罪」、その望みによって良い方向に行ったり、悪い方に行ったりするかも、というお話です。
つまり、望みのメリット、デメリットについて書いていきます。
望みのメリット
望みは理想や目標でもあります。
私たちは、望みを満たすために行動し、達成感を得ます。
この達成感は、満足感であり、幸福感であり、生きがいでもあります。
望みを叶えることによって、生きている意味を覚えるのです。
ということで、望みのメリットは、生きる(行動する・生活する)源であることです。
望みによって行動を起こせば、いろんな経験をすることになります。
その経験も生きていく上で非常に大事なので、メリットだと思います。
望みのデメリット
すべての望みを叶えられるわけではありません。
さまざまな制限によって、望みが抑圧される場合もあります。
特に時間とお金の問題は、誰もが経験したことあるではないでしょうか。
時間がないから、お金がないから、望みを満たすことができない。
この場合、大抵の望みが本当の望みでないことが分かります。
本当の望みであれば、どんなプレッシャーがあろうと、「絶対に叶えたい!」と思い、実現できるはずです。
一つでも言い訳が頭に浮かぶのであれば、それは本当の望みではないと言えるでしょう。
それでも言い訳をしながら望み続けているときが、もっとも危険です。
その望みが叶わない状態が続き、不安や焦り、ストレスが溜まって、最悪の場合、生活が上手くいかなくなります。
これが望みのデメリットです。
つまり、望みに囚われて、身動きが取れなくなることです。
私の場合で説明します。
私が囚われていた望みは「ライトノベル作家になりたい!」というものでした。
派生として「小説を読みたい、書きたい」。
「読むこと、書くことを好きになりたい」「読書、執筆を楽しみたい」という望みもありました。
しかし、いくら望んでいても実現できませんでした。
「ライトノベル作家になりたい!」という望みの度合が強すぎたのです。
「大学生のうちに」とか、「早くデビューしたい」とか、思っていました。
そして「ライトノベル作家になる」という夢を言い訳にしながら、大学をサボりました。
当然両親には言えず、後ろめたい気持ちと、何とかしたい焦りと、いろんな思いが空回り。
余計、望みを叶えることに集中できず、「できない、できない」と悩みました。
今考えると「なぜそんなに焦ってるの?」と突っ込めるのですが、そのときは完全に囚われていて周りが見えない状態でした。
それほど度合の強い望みというのは、人を狂わせるのでしょう。
ただ、その望みのおかげで、知ったこともたくさんあります。
言葉の使い方、表現の方法、文章にも時と場合に合わせて種類があることや、自分の行動・思考の性格、読書の仕方、などなど。
この「望みの整理学」も「ラノベ作家になりたい!」という望みがなかったら、考えもしなかったことです。
そういう意味で、望みにはメリット、デメリット、功罪があるのではないでしょうか。
今回で「望みの整理学」の手順(1)「望みの正体を知る」は終わりです。
次回からは、手順(2)「「望み」に対する考え方を整える」を書きたいです。